2022.07.13(水) 20:26
花押を作成させていただきました
ある日、「ヘラジカハモリニカヱル」のアイコンとなるものを作成しようと思い立ち、最後に筆を手にしたのはいつだったか思い出せないほど久方ぶりに筆をとりました。
アイコンの試作を重ねるうちに、筆による書が、とてもとても自由で、かいている時の状態が如実に反映されること、それ故に、書道を「習っていた」頃の自身にとっては、苦手意識の働くものであったのだということにも気が付くことができました。
あらゆる場面において自身から発生している情動、言葉、行動などは、全て自身に備わっているものであり、全てが自身なので、「どれが本当の自分であるか」という問いにあまり意味はないという考えが僕にはあります。
(『LIGHTING』の歌詞にある『本当の自分さえわからずに』という表現は、僕の中では、上記のような意味での『本当の自分』ではなく、意図は別のところにあります。)
ただ、相対する場面、状況によって、自身から発するものに制限をかけざるを得ないと感じることは多々あり、ヒトによって制限をかける強度が違ってきます。
僕は昔から、制限をかける強度が他のヒトと比べて強くなりがちなようです。
うたいたいからうたうのだと自身を赦せるようになってから、改めて筆をとって、赦せるようになった自分にとって筆による書はしっくりくるものなのだと体感することができて、僕の想像でどこまでできるか試したい、そんな思いになりました。
筆を使って、想像の赴くままに文字をかきすすめることがとてもとてもたのしかったのですが、あくまでもそのたのしみは自身の中で、自身だけで昇華するつもりでいました。
朗さんが、「ヘラジカハモリニカヱル」のアイコンとした書が僕の手によるものであると知った途端、流れるように、
「わたしにも書いて欲しい」
と言ってくださった時、一も二もなく承知しました。
僕の手によるものを、他の方から望んでいただけるとは思いもよらず、物凄く嬉しかったです。
朗さんは、制限をかけていない僕の在り方、状態を、いつも赦してくださいます。
そしていつも、当たり前のように言葉をくださって、その言葉は涼やかな風のように、僕が意識的、無意識的に作り上げている制限や枠組みをはらう方向を見せてくれ、背中を押してくれます。
そんな朗さんに、僕の初めての作を捧げる機会をいただけたことが物凄く光栄で、本当にありがたいです。
僕は朗さんの、物語の一部を切りとったような雰囲気の写真が好きなので、僕が作成した花押を、朗さんの写真でブログに紹介していただけたことも、とてもとても嬉しかったです。
朗さんの描かれる漫画や、つづられる言葉から、真摯に日々を積み重ねておられる朗さんの姿を垣間見させていただくことができるので、是非触れてみていただきたいです。
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